お世話になっております。今回はパワー半導体市場の最新動向について記事を書こうと思います。
まずはじめにこの記事のポイントです。
・2021年は+18%成長、2022年は過去最高出荷額更新予定
・牽引市場は自動車(電気自動車パワートレイン)と産業・重電分野
・SiCやGaNといった次世代パワー半導体にも注目→10年で+380%市場成長
・比較的小さい市場だが寡占化が進んでいない状況
・欧米大手は積極的な生産キャパ、および新素材次世代パワー半導体へ投資中
・マイコンやアナログ、センサーといった他品種とともに包括的ソリューション提供
パワー半導体とは
パワー半導体とは電力の制御や供給を担う半導体です。メモリ半導体はデータを記憶し、ロジック半導体は演算処理を行いますが、パワー半導体はそれらのICに電力を供給する役割を担います。また、電力を供給する相手がモーター等の場合、より大きな電力を扱います。
詳しい説明は本記事では省略します。下記の引用元のEDN Japan『パワー半導体の基礎知識』という記事にその用途や特徴についてとてもわかり易く解説されていますので、一読されることをオススメいたします。
人間の体に例えるならCPUやメモリは「頭脳」であり、パワー半導体は「筋肉」に当たる。ちなみに、目や耳、口などがセンサーやスピーカー、マイクなどといえる。
引用 – EDN Japan『パワー半導体の基礎知識』
併せて筆者の過去記事もご覧いただければと思います。

パワー半導体市場
続いて、パワー半導体市場について解説いたします。
パワー半導体の市場規模と直近の成長率
WSTSによる半導体の分類に則ると、パワー半導体はディスクリートというカテゴリに当てはまります(PMICなどを含める場合も有るのですが、私は基本的にアナログに括って考えています)。
WSTSによる半導体デバイス出荷額の統計データによると、ディスクリート半導体が半導体全市場に占める割合は2021年の出荷額予想基準で5.3%(約281億ドル)となっています(データ WSTS 2021年春季半導体市場予測について)。後述しますがこれは歴代過去最高の出荷額となっています。
各品種ごとのYoY成長率をグラフにすると下記のようになります。Discrete半導体を紫色、半導体市場のメインプレーヤーであるLogicとMemoryをそれぞれ青線&緑線、半導体市場全体を黄色線で示しています。
メモリーのボラが激しすぎてグラフが見にくいので除外しました(Totalではメモリーを含むYoYの成長率を示しています)。Discrete半導体の成長率は市場が大きく落ち込んだ19年に-0.9%(市場平均は-12%)、コロナ禍では-0.3%(同+6.8%)でしたが今年は+18.3%(同+19.7%)、来年は+5.2%(同+8.8%)の成長が予想されています。市場に占める金額はまだまだ小さいですが2021年の出荷予想額281億ドルは過去最高額で、2022年も292億ドルと更に過去最高出荷額を更新する見込みです。
ただ、コロナ禍にもかかわらず半導体市場は成長した2020年ですが、パワー半導体を含むDiscrete市場はマイナス成長でした。これは、メモリーやロジック半導体を牽引するメインアプリケーションがスマホやPC、データセンターであるのに対して、パワー半導体のメイン市場は産業機械や車載用途であることから、コロナの恩恵よりも打撃を大きく受けた事が理由だと考えられます。反対に、市場が大きく崩れた2019年は-0.9%で済むなどパワー半導体市場は比較的安定していると言えます(同年 Total -12% / Memory -32.6% / Logic -2.5%)。
パワー半導体市場の今後の成長と新素材・次世代パワー半導体
株式会社富士経済によると、パワー半導体市場は2020年の約2兆8千億円から2030年に4兆471億円と44%増になる見込みです(参考 – 富士経済『SiC など次世代パワー半導体、シリコンパワー半導体の世界市場を調査』)。
これは主流のSi(シリコン)に加えてSiC(シリコンカーバイド)やGaN(窒化ガリウム)等の新素材を使った次世代パワー半導体と呼ばれる市場も含みます。SiCは自動車や産業機器など、GaNは情報通信分野など、酸化ガリウムは実用化はまだ極めて少ないものの、SiCやGaNよりも優れ、まずは民生分野からの採用、そして最終的には車載への採用も期待されています。
次世代パワー半導体の市場規模こそまだ小さいものの(2020年はパワー半導体市場の1.9%)、成長率は非常に大きく、シリコンが10年で38%の成長に対して次世代パワー半導体市場は+380%の成長が予想されています(パワー半導体市場の6%まで拡大)。これらの次世代パワー半導体はパワー半導体市場がマイナス成長だった2020年も前年比プラス成長を達成していました。
SiCやGaNといった新素材が市場に出回るのはまだまだ先ですが、パワー半導体大手各社は先回りして早めに技術や安定供給網を取り込もうとしているように思えます。
例えば、Infineon TechnologiesはSiltectraというCold Splitという特殊なウェハ切断技術を持つ企業を買収しています。この技術を使うとウェハの材料損失を減らすことができ、特に単価の高いSiCに応用することで価格競争力を持つことが期待できます。ON Semiconductorは最近SiC素材のサプライヤーの買収を発表し、川上の供給網から取り押さえる動きを見せています。また、ST Microelectronicsは昨年フランスのExaganというGaNパワー半導体メーカーを買収しています。
パワー半導体を牽引するアプリケーション・車載市場に注目
下記のグラフはYole Développementによる2019年と2025年それぞれのセグメント別パワー半導体市場の成長予想です。上で見たWSTSや富士経済とは数字がまた異なりますが、調査会社が違うのでこのような差が発生する程度に考えて下さい。
メモリーやロジックを含めた半導体デバイス全体の市場を牽引しているのはスマホ及びPC・サーバーで、それぞれ3割ずつ程度なのですが、パワー半導体に限るとそれらの市場は10%前半程度です。一方で、全半導体市場における車載売上は10%程度ですが2025年になると車載向けパワー半導体市場は2019年比で+73.6%成長し、売上比重も16%になります。パワー半導体における車載市場の重要性が高いことがわかります(私の個人的な感覚ですが、2025年には20%は超すんじゃないかとも思っています)。
また、普通は一纏めにされている産業向けですが、上記のグラフではシリコンMOSFETによる産業向け用途(Industrial)とインバーターに使われるIGBT(Motor)に細分化されていてその比重は10%台中盤です。さらにOthersは割合がやけに高いのですが、ここにはコンスマーとやはり産業向け用途にUPS(無停電電源装置)やPower Supply等、さらにシリコン以外の素材を使った次世代パワー半導体(多くは車載と産業向け)が含まれていると思います。
最後に注目の車載市場について少し詳しく見てみます。下記はInfineon Technologiesの決算資料を基に私が作成したxEV(プラグインやバッテリーEV)における半導体BOMコストの構成です。左から3番目のxEV Powertrainというところが$330でとても大きいです。これがPHEVなどではない例えば48Vマイルドハイブリッド等のパワートレインに使われる半導体BOMは$90程度らしいので一台あたりの平均BOMコストが4倍近くまで跳ね上がるということです。モーターの制御インバーターに用いられるIGBTというパワー半導体の需要が高まります。
xEVの出荷台数がこれからどんどん増えていくのは言わずもがなです。
スライド出所 – 経済産業省『自動車新時代戦略会議』
パワー半導体の需給状況
2021年8月時点でのパワー半導体の需給状況は供給がとても逼迫していると私は感じています。残念ながら、定量的な数字を出してそれをこの場で示すことはできません。ただ、増え続ける需要に対して供給がとにかく追いつかない状況です。
私が仕事をしているヨーロッパの半導体市場はデジタル家電やスマホ大手の顧客が不在ですので必然的に産業用途や車載用途のパイが大きくなります。これらの市場は昨年のコロナで大きく打撃を受けましたがすでに需要は回復し、コロナ前の水準を上回る成長を描いていることは上述したとおりです。
パワー半導体の供給が非常に逼迫しているのは、メモリーやロジックなどに比べて供給能力を増やしにくい背景が有ることが主な原因だと考えています。
下記は、IC Insightsによる半導体CAPEX(設備投資額)の3年間の推移で、半導体の品種ごとに区分されています。半導体の設備投資の多くをロジックやメモリーが占めており、パワー半導体の投資はAnalog/OthersもしくはFoundryのほんの一部(大部分はロジック向け)です。もちろん、需要に見合った投資をするわけなので出荷量の多いロジックやメモリーのパイが大きいのは必然ですし、彼らが使う装置は現在トンデモナイ金額になっています。ただ、半導体メーカーとしての投資余力にも差はあり、比較的小粒なパワー半導体メーカーたちは先回りして大胆な大型投資を繰り返すTSMCやサムスン電子と比べると、どうしても投資に消極的な姿勢になりがちなようです。
また、パワー半導体はメモリーやロジックのように熱心に微細化をしませんし、簡単にできません。非常に大雑把な説明ですが、メモリーやロジック半導体では微細化が進むとチップの面積が小さくなります。すると、一枚のウェハから取れる絶対数は大きくなる訳でアウトプット、つまり供給量を増加させることができます(もちろん微細化に伴う工程の増加とか歩留まりとかあるので一枚岩では無いです)。一方でパワー半導体はそういったことを毎年のようにすることは有りませんのでプロセスシュリンクによる供給量の増加は期待できないのです。
さらに、現在パワー半導体の多くは8インチ(200mm)のウェハで生産されることが一般的です。一方で、半導体の生産量の多くはロジックやメモリーが牽引しており、それらの半導体は12インチ(300mm)のウェハで生産されることが一般的です。これも大雑把な説明になりますが、ウェハの口径が大きければ、ウェハ当りの同面積のチップの生産量は増えます。Infineon Technologiesを始めとする外資系パワー半導体メーカーはいち早く300mmウェハへの生産移行をしていますが、日本勢は出遅れています。
同社(Infineon)の300mm化は、特に200mmまでのラインが主体の国内メーカーにとっては大きな脅威だ。「200mmラインに対して大幅なコスト削減につながる。Infineonほどの売り上げ規模があれば300mm化に踏み切りやすいが、政府からの300mm化投資に対する補助金の影響も大きいと思う」(国内パワー半導体メーカーの事業責任者)
引用 – 日経XTECH『シリコンパワー半導体は高温対応と300mm化、新型はコスト削減が急務に』
そしてその他にも、装置メーカー各社はより単価が高い最先端半導体向け製造装置に注力し、パワー半導体などレガシーのプロセス向けの製造装置の調達が難しかったり、8インチのウェハ自体の供給が増えないなど様々なボトルネックが有り、思うように供給が増えない状況になっているのでは無いのでしょうか。
下記の記事も併せて御覧ください。


パワー半導体の代表メーカー
最後に、私が個人的に注目しているパワー半導体のメーカーについて紹介します。
パワー半導体メーカー別市場シェア
まず、各メーカーの市場シェアランキングがを見てみましょう。2019年の売上高別市場ランキングは下記のようになっています(参考 Infineon Technologies)。トップ3を欧米3社が占め、その後を日系企業やその他メーカーが追っている構図です。パワー半導体は巨大なメモリーやロジック市場に比べて規模が小さいのに、寡占化が進んでおらず、メーカーが乱立している状況です。これには色々な理由があると思いますが、パワー半導体はメモリやロジックのような少品種大量生産のコモディティと異なり個々のアプリケーションによって、すり合わせが重要であるというのが大きな理由の一つかもしれません。
パワー半導体は、主眼を置く産業機器分野は少量多品種生産を行う分野であり、多くの種類の機器やシステムにフレキシブルに最適化する「すり合わせ」で製品開発される。
引用 – EDN Japan『パワー半導体の基礎知識』
また、パワー半導体市場における主要セグメントである車載向けに限ったシェアを見てみます(参考 Infineon Technologies)。やはりInfineonやST Microelectronicsのシェアが高いです。
また、単価の大きい産業用途向けIGBTモジュールに絞ると下記のような構図になっています。Infineonのシェアは非常に高いですが、三菱や富士電機など日系企業も健闘しています。産業向けパワー半導体は省エネに必須ですので、SDGsなどが取沙汰されている現在は注目の分野でもあります。
パワー半導体は欧米日の牙城か?
パワー半導体は欧米日が強い分野と言われていますが、個人的には日系メーカーと欧米メーカーで大きな違いが有ると思っています。
1つ目は、欧米メーカーは(比較的)規模の大きい半導体専業メーカーであることです。半導体経営のプロにより半導体ビジネスに経営資源を集中させ、結果的に300mm口径化やSiCやGaNといった新素材にも手を伸ばし買収を含めて着実と早い段階から布石を打っています。
2つ目は製品のポートフォリオが多彩ということです。これから紹介するトップシェアのInfineonやSTマイクロ、オンセミはパワー半導体のみならず、マイコンやセンサー、メモリーやアナログといった様々なポートフォリオを持ちます。これらの半導体は多品種少量生産であり、メモリーやロジックのようにごく僅かな製品群で何兆円規模の売上が立つビジネスではありません。さらに、メイン市場も車載や産業といった地味な分野でスマホやデータセンターのような花形ではないです。だからこそ、限られた市場・顧客相手に包括的なソリューションを提供することで表面積を大きくしプレゼンスを強くできていると思います。
Infineon Technologies
Infineon Technologiesはドイツの半導体メーカーです。もともとはSiemensの半導体部門でしたが分社し、さらにメモリーのキマンダを切り離し今の姿に至ります。
個人的に考えるInfineonの強みは下記です
・パワー半導体に加えマイコンやメモリ、センサーなど包括的ソリューションを持つ
・積極投資を進め、生産能力を拡大、いち早く300mmでの生産を開始
・SiCなど次世代パワー半導体にも積極投資
Infineonの売上はAutomotive(車載)、IPC(Industrial Power Control: 産業・重電)、PSS(Power&Sensor System: 民生・スマホ・データセンターなど)、CSS(Connected Security System: セキュリティ・IoT)に分けられます。Automotiveの売上のうちざっくり半分がパワー半導体で残りはマイコンやメモリー、センサーのようです(参考 Infineon Technologies決算)。
営業利益率と車載事業に限った営業利益率は下記のようになっています。
Infineonはパワー半導体のリーダー企業です。早くから300mm口径化を行うなど積極的な投資もそうですし、素材ロスを減らすウェハ分割技術を持つベンチャーを買収したりして単価の高いSiCに適用することで価格競争力をもたせるといった戦略も打ち出しています。また、ドイツ企業ですのでドイツのTier 1やOEMとのつながりはとても強いでしょう。

ST Microelectronics
ST Microelectronics(STマイクロ)はスイスの半導体メーカーです。もともとイタリアのSGSとフランスのトムソンという企業が合併してできた企業です。
特徴としては下記のような形でしょうか。パワー半導体でいうと車載は強いですが、Infineonのように産業分野など手広くやっているわけでは有りません。ただ、テスラにSiCパワー半導体をすでに供給していたりします。また、パワー半導体ではないですが、STマイクロのARMコアマイコンは世界で1番売れているマイコンだと言われています。
・テスラ向けにSiCパワー半導体供給
・アナログやマイコンなどにも強みをもつ


ON Semiconductor
ON Semiconductor(オンセミ)はアメリカのパワー半導体メーカーです。
・パワーディスクリートから電源IC、それらの複合製品まで幅広いラインナップ
・300mm工場取得、2022年稼働予定
・SiCやGaNなど次世代デバイスも積極拡大中&内製化をすすめる
・市場拡大が見込まれる画像センサーも手掛ける



その他パワー半導体メーカー
その他のパワー半導体メーカーについて簡単に紹介します。
Cree(クリー)はSiCやGaN半導体のメーカーです。規模は小さいですが、特にSiC製造に注力しており8インチのSiCウェハ生産ラインも稼働しています(通常SiCは6インチや4インチ)。さらにCreeは自社製品向けだけでなく、他社にもSiCウェハを供給しています。例えばSTマイクロやInfineonといったビッグネームにSiCウェハを供給していたりします。

VIS(Vanguard International Semiconductor)はファウンドリ最大手TSMCの子会社でIGBT等の受託製造を行っていることで知られています。同社の規模は小さいですが、単体の売上でファウンドリランキングTop 10には入ります。
Mosel Vitelicも台湾のファウンドリでパワーディスクリートやパワーマネジメントICに特化しています。一応台湾市場で上場しているようです。
まとめ
以上、パワー半導体の最新動向に関する記事でした。
・2021年は+18%成長、2022年は過去最高出荷額更新予定
・牽引市場は自動車(電気自動車パワートレイン)と産業・重電分野
・SiCやGaNといった次世代パワー半導体にも注目→10年で+380%市場成長
・比較的小さい市場だが寡占化が進んでいない状況
・欧米大手は積極的な生産キャパ、および新素材次世代パワー半導体へ投資中
・マイコンやアナログ、センサーといった他品種とともに包括的ソリューション提供